「原子力災害の第二段階」を前にして
2015年11月11日
東北ヘルプ事務局長 川上直哉
牧師・神学博士)

川上直哉 略歴
 1973年、北海道に牧師の息子として生まれる。神学博士(立教大学)・日本基督教団正教師。宮城県教誨師(日本基督教団東北教区から派遣)、宮城県宗教 法人連絡協議会常任幹事(日本基督教団東北教区宮城中地区から派遣)、仙台白百合カトリック研究所研究員、仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク (NPO法人「東北ヘルプ」)事務局長、食品放射能計測プロジェクト運営委員長、東北大学「実践宗教学」寄附講座運営員長、世界食料デー仙台大会実行委員 長(2015年4月現在)


【要旨】

1.定義
 2011 年 3 月 11 日に起こった地震と津波によって、東京電力福島第一原子力発電所が爆発事故を起こした。この際起こった被害は、徐々に明らかになった。避難時の不手際などに よる悲劇を含めて、これを「原子力災害の第一段階」と呼ぶ。
「原子力災害の第一段階」において、たとえば予防原則に基づいて適切な措置が取られて いれば起り得なかった災害が、今、起りつつある。それを「原子力災害の第二段階」と呼ぶ。

2.転機
「原子力災害の第二段階」が始まる転機は、2015 年秋に認められる。

3.社会的状況
 この 2015 年秋には、「福島安全宣言」に類する動きが活発化してきている。これは、震 災以後続いた体制の行き詰まりを示すものとも見える。

4.見通し
 2016 年中には、内外の惨状がある種の「閾値」に達し、原発事故直後に起こったと同様 の社会的変動が起こると見通せる。

5.結論
 キリスト教支援団体である我々は、上記の見通しの中で、自らの役割を果たす努力を更に具体的に進める。それは、宗教の領域において可能な努力を尽くすこ とで、政治・経済・法・ 報道・学問の各領域で同様の努力が進められることへの刺激となることを志してのことである。そのように各自が「持ち分」を誠実に引き受け始めることによっ てのみ、未曽有の事態に茫然自失しているこの国の再生が始まると信じている。



【本文】

 2015年秋は、大量の情報が流れ出た記念すべき時として記録されることだろう。それは「原子力災害の第二段階」の始まりを画するものとしてまとめられる。以下、その報告をまとめ、今後の流れを予測し、支援活動の方針を考える資料とする。

1.「原子力災害の第二段階」とは
 2011年3月11日に起こった東日本大震災により、東京電力福島第一原子力発電所1〜4号機は爆発事故を起こした。(国会での証言資料によると)セシウム137だけでもヒロシマ型原爆の160倍程度の汚染が引き起こされ、(ある英語文論文によると)セシウム134だけでもチェルノブイリ原発事故の3倍程度の汚染が引き起こされ、(報道された限りにおいて)プルトニウム239だけでも32億ベクレルの汚染が引き起こされた、とされる。(2014年11月のドイツにおける日本人の研究によると)ヒロシマ型原爆の7万倍のプルトニウムが降下した。避難時の不手際も続発し、多くの悲劇が起こった。また、(NHKの報道によると)東京電力福島第二原発と東北電力女川原発においても、270億〜6200億ベクレルの放射性ヨウ素が放出された。これを「原子力災害の第一段階」と呼ぶ。
 その際、ほとんどの地域で安定ヨウ素剤が配布されなかったことに始まり、諸々の「不作為」が続いて現在に至る。たとえば、1986年の原子力災害におい て、特にその5年目(1990年)の9月に開催された「第一回チェルノブイリ事故の生物学的、放射線医学的観点にかかる国際会議」以降順次定められた「チェルノブイリ基準」に従えば、「移住の義務」を課せられる土壌汚染が無数確認される福島県中通地区においてすら、公的な除染の際に土壌の汚染状況を計測することは、2015年現在、全く検討されていない。その不作為の結果起こってくる悲劇を、「原子力災害の第二段階」と呼ぶ。
 現在、この「第二段階」の始まりが見えていると思われる。


2.転機
 「第一段階」から「第二段階」の転機は、小児甲状腺癌の多発が確認されたところに認められる。それは、10月8日の外国人特派員協会における津田俊秀氏の会見が具体的な契機となる(この会見内容については、既に英語でも報道されている)。
 この秋には関東地方での小児甲状腺の異常が報道され、茨木県北茨木市での甲状腺異常が報道された。その後、2011年時点で未成年であった千葉県柏市民173名の内11名が甲状腺癌およびその疑いであることが発表された柏市の未成年者数はおよそ7万人程度と推定されるので、「11人」という数字は、極めて高い値を示している。
 上記は、2011年の原子力災害が1986年のチェルノブイリ原発による原子力災害の後を追いかけていることを示している。1986年の原子力災害の場合、6年目・7年目にかけて、各種の疾患数が爆発的に増加している。来年6年目を迎えるのが2011年の原子力災害である。各種の疾患数はどうなっているのかを確認することは、意味あることだと思う。
 実際、日本においては、例えば急性白血病の診療実績が右肩上がりに増えている。 ただし、福井県、大阪府、和歌山県、鳥取県、香川県も大幅に上昇していることは注意が必要である。このことは、二つの可能性を示している。一つは、がれき や土砂等の移動による被ばくの拡散という可能性、もう一つは、そもそも2011年の原子力災害の被害は本州全域に影響を与える規模であったという可能性で ある。2013・14年のお茶とキノコから行政が確認した放射能の数値を整理すると、静岡県や長野県における汚染の高さがわかる。各地の行政が発表した空間線量の報告を集めてみると、愛知県県境の西側付近で震災前の二倍以上の放射線量を確認している場所があることがわかる。
 1986年の原子力災害の後、甲状腺癌については、子どもよりもむしろ大人の発症数が爆発的に増え、その発生率も永続的に右肩上がりとなることが報告されている。例えば甲状腺単科の専門病院である伊藤病院の外来件数の推移(現在は2014年まで公開・2010年比は微増)に、今後注目することが有益と思われる。


3.社会的状態
 しかし、上記のような事態にもかかわらず、社会は反応していない。むしろ、5月15日には「『福島安全宣言』実行委員会」が組織され、9月23日には6号線を中高生に清掃させるイベントが行われ、10月12日には南相馬市でサーフィンの全国大会が開かれた。
 他方で、東北ヘルプの「短期保養」支援プロジェクトは2013年から2015年10月までに560回を超える面談を東北・関東で行い、子どもの健康被害を訴える親たちの声を拾ってきた(報告書「東北ヘルプ「短期保養支援」の面談結果について」および「保養面談報告書」を参照)。この声と、上記の動きと、両者の間にある乖離は激しいものとなっている。
 ただし、上記の「『福島安全宣言』実行委員会」の代表である矢内筆勝氏は「幸福実現党」の総務会長 兼 出版局長であり、会の事務局所在地は「幸福実現党福島後援会」の住所と同一である。またこの会の顧問には田母神俊雄氏が就任している。予断を敢えて記せ ば、この運動はむしろ、今後健康被害が隠し切れなくなった時の「トカゲのしっぽ切り」のために、憎悪の対象を明示する作業が行われている、とも見える。
 沖縄・辺野古における基地建設を巡る政府の動きも、また、所謂「アベノミクス」の現状も、現体制の行き詰まりを如実に示しつつある。そうした中で「原子力災害の第二段階」が現在進行している。


4.見通し
 以上を踏まえて、今後、大きな社会変動が起こることが予想される。具体的には、数千万人の規模での人々の移動が起こるだろう。その混乱はどのようにして 起こるか。上記の情報と、現在東北ヘルプが担っている支援活動、とりわけ562回の面談を行い126世帯(大人299人、子ども307人)の状況を定期的 に聞いて得られた情報とを総合すると、以下のような見通しが示され得る。

(1)2015年度中に政治的状況が激変する。
 2011年の原子力災害の結果、ある昆虫(ヤマトシジミ)においては、「骨格」に相当する部分の異常が5世代目をピークに増加することが、既に実証されている。2013 年 3 月 25 日には、福島県飯館村では馬の不審死が相次いでいると、フォトジャーナリストが報道している。また、放射能の強い地域のモミの木に異変が起こっていることを報告する論文(英文)も2015年2月にされた(なお、この報道においては、2011年の原子力災害の方が1986年の原子力災害よりも深刻な状況にあることが示唆されている)。
 元外務官僚である原田武夫氏は、2015年11月1日公開の「安倍晋三総理大臣への公開書簡」に おいて、同年12月には日本経済に行き詰まりが起こり、そして「福島第一原子力発電所を巡る健康被害の実態」が明らかにされる、としている。この書簡は実 名で公開されていることから、注目に値する。経営学の専門家(大学教授)と外交の専門家(元大使)にこの内容についての評価をお願いしたところ、以下のよ うに回答を得た。

「興味深い内容であり、出鱈目を述べていると断ずることはできない。外交関係についての記述については、確かな情報源をもっていることがうかがわれる。経 済的な記述については、6割方、正しい記述である。ただし、中小企業と組んだビジネスに絡んで議論がなされていることが気になる。また、日銀の量的緩和に ついての理解については、根拠が示されずに私見が前面に出てきている。中小企業に対する大手銀行員の理解・態度については、現在のトレンドを提示していな い。これらの点が、説得力を減じている。」

 2015年10月26日の報道によると、事故当時、事故現場から20キロ圏内で避難誘導を担当した自衛官など、約三千人の内、38パーセントが、作業中に「1ミリ㏜」以上の被ばくをした。この人々の健康被害が明らかになるというのが、上記原田氏の議論であった。
 川上の周辺に、癌および脳・心臓の血栓を患う人が増えてきている。保養相談においでになった方のお一人のご友人は、都内の幼稚園の経営者の立場で、奇形・ 体調不良の入園者が増加していることに恐怖を感じ東京を去って九州へ転居した、という。こうした動きが、どこまで広がるか。その流れ次第で、比較的早い段 階(年度内)で大きな変化が訪れることになるかもしれない。

(2)2016年3月に社会的状況が反転する。
 「真実を探すブログ」といった個人のブログは、これまで、多くの情報を整理してきた。しかしそこには編集の作業や反証の検討において、不足が多々見られる。これをもって「移住」といった大きな決断ができる人は、決して多くないものと思われる。
 現在、内外から数多くのジャーナリストが原子力被災地を取材している。「国境なき記者団」の某記者から直接聞いたところによると、ジャーナリストにとって は「日付・年数」の数字が重要であるとのこと。つまり、「5年経過したフクシマの3月」といったキャッチコピーを付すことができるまで、今調べていること を発表することをしない(できない)のが、ジャーナリストである。それは経済的な理由による動かしがたい現実である、とのことだった。
 10月20日に白血病を発症した廃炉作業員に労災が認定された、というニュースが報道されながらも、11月6日の共同通信は汚染地帯を中高生に清掃させたことへの批判を「誹謗中傷」と報道した。このように、現状は、各ニュースが突き合わされることなく陳列されている状況にある。これはジャーナリストの作業が顕在化していないことを端的に示していると言えるだろう。
 ということは、現在進められている内外のジャーナリストの調査が世界中で一斉に報道される可能性があるのが、2016年3月、ということになる。それは、日本の空気を一変させる可能性がある。
 川上は支援の現場で「5年が限度」と感じている母親たちの多くいることを見聞きしている(報告書「東北ヘルプ「短期保養支援」の面談結果について」および「保養面談報告書」を 参照)。今年になってから、「離婚してでも」子どもを移住させようという思いが、母親たちの間に強くなっている。夫への絶望がそこに見られる。そうした中 で、現在曖昧とされている事柄が整理され提示されたなら、2011年3月11日以降の数週間の間に起こったように、母親たちが一斉に行動を起こすかもしれ ない。

(3)2016年中に国際的環境が厳しさを増す。
 10月25日の新聞において、除染で使用した道具が、2012年以来、「一般のごみ」としてコンビニなどに廃棄されていることが報道された。
 2014年12月31日の新聞で、東京電力が、福島第一原子力発電所の解体作業に際し使用していた放射性瓦礫飛散防止剤を10倍に希釈していたことが報じ られた。この年の夏までの間、南相馬市の農家から「放射性物質が飛散している」との指摘を受けた日本国政府と東京電力は、一年がかりの調査の結果「三号機 から大規模な放射性物質の拡散がなされた」といったん発表したが、すぐにそれは「再計算」によって訂正・撤回され、結局この問題は「飛散の原因は不明」と されていた(経緯のまとめはこちら)。
 2015年10月29日、東京電力は記者会見を 開き、格納容器外の場所で最大9.4㏜毎時を計測したと発表した。それは45分で人が死ぬ空間放射線量であるという。つまり、2014年12月31日の報 道は、そうした現場の粉塵飛散防止がなされないままに原発周辺のがれき撤去作業が行われた、ということを伝えていることになる。
 上記は、放射性物質による環境被害が継続して拡散している可能性をうかがわせる。国内では、このことへの批判は弱い。しかしこれが国際社会を相手にした場合、どのようになるか。
 米国のFM局のサイトは、2015年10月31日、福島第一原子力発電所事故現場から毎日300トンの汚染水が流出していることを伝え、その影響について詳細に報道した。
 2015年9月25日のNHK国際放送は、2号機の核燃料のほとんどは格納容器の中に残されていないことを、名古屋大学の森島邦弘教授が結論付けたと報じた。また、環境中に核燃料が露出している危険性を、2015年7月の英語版の日本の新聞は、はっきり指摘している。2011年の事故後、放射性物質の排出量は当初の想定よりもはるかに多く、また、はるかに長期間にわたっていることが、東京大学や九州大学の調査で明らかにされたと、英語で2014年に報じられている。しかし日本でこのような報道は、ほとんどなされない。

 2014 年、米国では、原子力災害に携わる日本の高級官僚が「平気で」放射性物質を拡散させていることを告発する番組が放映され、また、フランスでは、海洋および大気における汚染を検証する番組が 放映された。福島県のある地域に住む女性の証言によると、カナダへ書籍その他一般的なものを郵送する際でも、送り元に Fukushima の文字を入れると、徹底的な検査を受けて送付先には届かず、それではと、Fukushima を書かずに送ると、そのまま届く、という。これは、世界の危機感を伝える一つの証言である。
 キログラム当たり5万ベクレルを超えるマッシュルームの画像情報が、2015年10月29日に英語のサイトにおいてアップロードされた。10月20日には、廃炉作業員の白血病発症に労災が認定されたことも英語で報道された。9月15日にはポーランド語と英語で福島県内の状況が詳細に報道されている。以前にも、たとえば2012年4月に、米国で流通する日本産の海苔の放射線量が高いことが米国の環境団体のサイトで報告されていた。今後、こうした情報が五月雨式に出、噂レベルでの関心は強まるだろう。
 日本は海洋法に関する国際連合条約の締結国である。締結国各国は自国の排他的経済水域の環境について管理する権利を有している(56条)。原発事故現場から排出される汚染水についての評価は、各国が主体的に判断するものであって、日本国政府の指示に従うものではない。
 従って次のように結論付けることができる。仮に、2015年度中に健康被害の顕在化が政治的影響をもたらさず、2016年3月の報道によって社会が変化しなくとも、その両者は国際的な影響(外圧)となって日本に押し寄せることになるだろう。2015 年 11 月 5 日の Japan Times 紙は、「2020 年オリンピックからの名誉ある撤退」を求める記事を掲載し、すぐ、英語でそれに続く報道がなされている。こうした動きは今後強くなり、2016 年には大きな影 響を日本全体に与えるものと思われる。


5.結論
 我々はキリスト教に基づく支援団体である。以上の見通しは、我々の支援のためにあえて獲得するものである。
 以上のような見通しの中で痛む魂への配慮こそ、我々の課題である。我々の課題は、政治的変革でも、経済的利益の追求でも、法的正義の確保でも、情報の公開でも、真理の追究でも、治療・衛生でもない。
「魂」の語をもって、「精神(霊)」と「肉体」の総合を指す。全人的な支援を担うために、上記の見通しに従って、以下の支援を行う。

a. 原子力被災者の尊厳を守る。そのために、被災者各位の自己決定のそれぞれを尊重する。あらゆる宗教的立場(キリスト教を含む)・政治的立場(反原発を含む)については、常に中立を旨とする。以上を理解し賛同するチャプレンを派遣し、絶望から人々を保護する。

b. 原子力被災地に留まりたい、留まろう、と志す人に対しては、「減災」のために必要な情報を提供する。具体的には、内部被ばくを避けるための食事レシピや短期保養のための情報や資源を提供し、土壌と食品の放射能計測を行う。

c. 原子力被災地から避難したいと志す人に対しては、その避難を支援する。そのために、

c-1. キリスト教のネットワーク(YMCA、YWCA、「友の会(羽仁もと子の系統)」等)に、避難者を保護するための各地の市民活動を、つなげる。このネッ トワークを活用し、米国黒人奴隷解放運動のために作られた「地下鉄道」の故事に倣い、避難したくてもできない人々のために可能な奉仕を行う。
c-2. 非難希望者が避難のイメージを具体的に描けるように、避難した体験談を提供する。
c-3. 避難希望者が避難の契機をつかめるように、今後の見通しを日々更新しつつ提供する。

 以上を実行するために、以下のような体制で支援活動を展開する。

(1)本部事務局の維持管理:年額約600万円
 (事務局長1名・職員2名・事務所家賃・自動車維持費・通信費・その他雑費)

(2)放射能計測所の維持管理:年額400万円
 (職員2名・計測機器維持管理)

(3)支援活動費:年額1000万円
 (チャプレンによる訪問傾聴・チャプレンの連絡協議・集約された情報の発信)

(4)短期保養支援費:年額500万円
(年間250回の短期保養を支援)

 現在、国内の献金でおよそ1500万円が確保できる体制にある。今後、上記(3)(4)を獲得するために、国内外の諸団体に、合計1000万円の資金申請を行うこととする。

(以上)



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