月刊日本 2015年1月号

マスコミの報じないウクライナの「原発テロ」
元スイス大使
村田光平

■アメリカが3号機を調査し始めた
―― 震災から4年以上が経過しました。残念ながら原発事故は風化しつつあるように感じます。
村田 完全に風化してしまっていますね。恐ろしいことです。日本政府は東京オリンピックを開催するために、「福島の原発事故は大したものではない」という 印象操作を行っています。マスコミも原発事故や放射線被害の現実を伝えず、原発批判を封殺するかのような報道さえ行っています。
 例えば、今年10月に福島第一原発が立地する福島県沿岸部の国道6号で、地元の中高生らが参加する清掃活動が行われました。しかし、広瀬隆さんが7月 17日付の『ダイヤモンド・オンライン』で指摘しているように、3号機からは猛毒物プルトニウムを含む放射性ガスが放出されています。このような現状を踏 まえれば、子供たちを清掃活動に参加させるのは極めて危険な行為だと言わざるを得ません。実際、この清掃活動を主催した団体には各方面から非難が殺到しま した。ところが共同通信などはこの非難を「誹謗中傷」と断じたのです。
 もっとも、いくら政府やメディアが福島事故の現状を隠そうとしても、いつまでも隠し通せるものではありません。というのも、被災地で生活する人々の間では、既に不満が限界に達しているからです。
これは東北で精力的に活動されている川上直哉さんという牧師の方から聞いた話ですが、被災地などで子育てをしているお母さんたちの中には、現地を離れよう としない夫と離婚してでも子供を移住させたいという声もあるそうです。川上さんは562回もの聞き取り調査を行っているため、その議論には説得力がありま す。
 また、海外でも原発事故について関心が高まっています。例えば、先日岡山大学の津田敏秀教授が論文を発表し、福島原発事故当時18歳以下だった福島県民 の甲状腺癌の発生率が全国平均の20~50倍に達していることを明らかにしました。この論文は海外で物凄い反響を呼んでおり、至るとこで紹介されていま す。
それに加え、11月5日付のThe Japan Timesが本誌9月号の私のインタビューを取り上げ、「東京五輪からの名誉ある撤退の時来る」という記事を掲載しました。さらに、元外交官の原田武夫氏 が11月1日に出した「安倍晋三総理大臣への公開書簡」によると、アメリカは軍事技術を駆使し、福島原発の3号機の炉心がメルト・スルーし、どの深さまで 地中に落ちているのかを把握し始めているようです。
その他にも、東日本大震災の際に「トモダチ作戦」に参加した米兵250名が、放射線被曝による健康被害で東電に対して集団訴訟を起こしています。今後、原告団はさらに増える可能性があります。

■マスコミが報じないウクライナの「原発テロ」
―― 11月13日にパリで同時多発テロが起こりました。もし今回のテロが原発に対して行われていれば、被害はさらに拡大していたと思います。
村田 あのテロによって、原発の存在自体が最大の安全保障問題であることが改めて明らかになりました。テロリストにとっては、原発を破壊することこそ最大 の攻撃になりますからね。外国から見ても、日本ほど簡単に打撃を与えられる国はないでしょう。原発にミサイルを撃ち込めばいいわけですから、それこそ中国 や北朝鮮は日本を甘く見ていると思いますよ。安倍政権は安保法制によって中国に対抗すると言っていましたが、滑稽と言わざるを得ません。
 「原発テロなど起こるはずがない」と考える人もいるかもしれませんが、既に原発テロは起こっているのです。11月23日付の日経新聞が「クリミア半島、 電力供給停止 何者かが施設破壊か」という記事を掲載しました。そこでは「ロシアが2014年に武力を使い一方的に自国に編入したウクライナ領クリミア半 島のほぼ全域で22日、電力供給が停止した。ウクライナ当局によると、同半島につながる基幹送電施設が何者かによって破壊され、電力停止の影響はウクライ ナ南部の一部地域にも広がったという」と報じられています。
 日経新聞は電力供給が停止したことまでしか伝えていませんが、実はこれにより、クリミアへ電力を供給しているウクライナの原発の外部電源が喪失する危険 性があったのです。11月23日付のBusiness Newslineがこの点について、「ウクライナの2箇所の原発で外部電源喪失の危険性・送電網への大規模な破壊工作で2箇所の火力発電所が緊急停止」と 報じています。
この記事にあるように、今回の事件は「大規模な破壊工作」、すなわちテロによって引き起こされたものです。アメリカの著名な反核ジャーナリストであるハー ベイ・ワッサーマン(Harvey Wasserman)さんはこの事件について、「緊急の対策が取られなければ、福島の再現になる」と指摘していました。
 私がこの事件について日本外務省に問い合わせたところ、幸いなことに「原発への電力の過剰供給の調整が無事行われ、事態は正常に復したとの報告を現地よ り受けている」とのことでした。しかし、同じような原発テロは今後も引き起こされる可能性があります。日本でも起こる可能性はあるのです。ところが日本の マスコミはこの事件を一切報じようとしません。もし報道すれば、再び全ての原発を停止しなければならなくなるからです。
―― 原発は経済的にもコストが高く、非効率であることが明らかになっています。
村田 反原発的な考えを持っていたが故にアメリカの原子力規制委員会委員長をクビになったグレゴリー・ヤッコさんは、市場原理から言っても原発の寿命はあ と20年だろうと言っています。しかし、混乱する国際情勢の中で、今後テロが頻発する恐れがあることを踏まえれば、20年も持たないのではないかと思いま すが、この考えにヤッコさんは賛同しました。

■再び言う、オリンピックからの名誉ある撤退を
―― 福島原発事故により拡散を続ける放射能被害に対する海外の懸念が高まる中、何事もなかったかの如く東京オリンピックを開催できるとは思えません。
村田 私はIOCのバッハ会長に福島の現状について書簡を送り続けています。先日、バッハ会長から返信もいただきました。彼らもこの問題に関心を持っていると思います。
 というのも、IOCに対しては、各方面から福島原発事故が本当に「アンダーコントロール」されているのか確認してほしいという要請が出ているからです。 ヘレン・カルディコットさんという医学博士は、1年半前からIOCに対して日本へ中立的な科学者を送り確認することを求めています。
 それ故、もしIOCがこのまま何も動かなければ、非難の矛先がIOCに向かう可能性があります。そのため、IOCとしても、保身のために何らかの行動を取らざるを得ないと思います。
 しかし、IOCにとり一番好都合なのは日本による自主的返上です。その実現を狙って全ての公約を反故にした日本に対し失格の判定を下す可能性をほのめかすことが考えられます。
こんな屈辱的な仕打ちを受けるくらいなら、日本は自らオリンピックから撤退した方がいいことは自明です。私が「オリンピックからの名誉ある撤退」を訴えているのはそのためです。
事故対応に全力投球をしない地球環境加害国という汚名を返上するために、また、被災地の人たちのためにも、日本はオリンピックを返上し、事故の収束の解決に最大限の力を注ぐべきです。
(聞き手・構成 中村友哉)




日刊ゲンダイ 2015年12月21日号


 


 
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