古川 康 佐賀県知事殿
平成23年6月9日
村田光平
(元駐スイス日本国大使)
拝啓
時下益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
突然FAX信を差し上げる失礼をお許し願います。
元駐スイス大使の村田です。これまで浜岡原発の運転停止を求める全国署名に微力を尽くし、92万筆余を集めるなど純粋に人道主義の立場から「原子力タブー」に挑戦して参りました。
昨日、岸本玄海町長による玄海原発の運転再開容認発言の報道に接し、いたたまれず、連絡を取らせていただきました。いささかなりともご参考になればと念じております。
2003年11月、「脱原発への試案」と題する小文を発表しました。その中で地震の発生に伴う原発震災の可能性(すべての原発について想定せざるをえな
い)及び倫理と責任に欠ける原子力の不道徳性(地震の被害予測に原発を完全に無視、事故処理体制の欠如、多数の被曝労働者、廃棄物処理法の欠如)などにつ
き指摘の上、脱原発へ向けての具体的方策としては次の6項目を挙げました。
1.企業、国、国民による「三方一両損」方式のヴィジョン
2.原子力関係組織の抜本的改組
3.独占的公益企業である電力会社の在り方の見直し(資金使途の管理強化を含む)
4.核燃料サイクル政策の見直しに関する国会審議
5.原発建設及び中間貯蔵施設に関する近隣県の決定参画の立法化(町長の権限見直し)
6.エネルギー供給構造の抜本的再検討(多消費型ライフスタイルの改革)
この試案を発表してから8年半になりますが、一向に古くなっていない内容であると考えます。日本の原発政策についてはこれまで上述のものを含め数多くの提
言をしてまいりましたが一顧だにされませんでした。聞く耳持たぬこの体制は「原子力独裁」に通ずるものがあったのです。
今改めて痛感されるのは上記5.の近隣県の決定参画の立法化(町長の権限見直し)であることはご賢察の通りです。現に、長崎県など動き出しております。安
全性に判断を行う現体制は国民の信頼を失っております。その抜本的改善なくして運転再開に同意できるはずがないと考えます。
福島原発事故は蓄積を続ける放射能汚染が深刻さを増す一方で心配でなりません。大田区、葛飾区、足立区などの事例もあり、もし首都東京が住めなくなったら
と想像すると恐ろしくなります。核が人間の手に負えないことを全世界が思い知らされつつあると思われます。核廃棄物が象徴するのは原発の倫理の欠如です
が、上映中のフィンランド映画「100000年後の安全」は反響を呼んでおり、改めてこの点について世論を目覚めさせつつあります。人類に計り知れない災
いと不幸をもたらす核、原子力は不道徳であるとの声が改めて世界中で高まり出しております。
福島の事故を抱え原子力の民亊、軍事の双方の恐ろしい全貌を知り尽くすことになった日本は世界に向かって脱原発と真の核廃絶の訴える責務を有するに至った
と信じます。また、福島の事故は世界の究極の破局への最後の警告と捉えるよう世界に訴えるべきと考えております。人類が初めて経験するこの核惨事がそのま
ま世界の究極の破局にはつながらないと言う保証も得られないこの時期を逸しては、人類は核廃絶の実現は望めなくなります。日本がその実現に貢献することが
今回の悲劇を無駄にしない唯一の道だと信じます。
ドイツ、イタリア、オーストリア、スイスなどが脱原発に踏み切る中、福島原発を抱えている日本にその動きが出てこないのは不思議です。理解に苦しむ危機意
識の欠如です。資金的基盤の崩壊により「原子力独裁」が終焉に向かいだしたことは大きな救いです。新しい時代の到来です。
貴知事の勇気あるご決断に期待いたしております。
一層のご発展とご自愛をお祈り申し上げます。
敬具
追伸
近況ご報告までに去る5月24日発刊の「朝日ジャーナル」に掲載された小論「国際社会に問われている“平和利用”の倫理性」をお届けいたします。また私が
理事を務める地球システム・倫理学会が最近発出した緊急アピール「国連倫理サミットの開催と地球倫理国際日の創設を訴える」をお届けいたします。大変心強
い反響があり、稲盛和夫氏、梅原猛氏、川勝平太静岡県知事、インドのマニ・シャンカー・アイヤール元石油・天然ガス大臣などが協賛会員になられ、今後とも
支援の輪の拡大が見込まれております。
東日本大震災を契機として経済至上主義から解放されだした新しい日本の将来には大きな期待が寄せられます。このような新生日本が、国連倫理サミットの開催、母性文明の創設、核廃絶の三位一体の目標に向かって日本から世界へ強力に発信していくことが切望されます。
国連倫理サミットは核廃絶へ向かっての具体的第一歩であることについては、米国も同封のルース駐日米大使の私宛書簡の通り理解と支援の立場を表明しております。