尊敬に値する国であり続けるために
―チェルノブイリ原発事故から学ぶこと―


                             前駐ウクライナ日本大使
                                    馬渕睦夫

(大地の慟哭)
 1986年4月26日に発生したソ連邦ウクライナ共和国チェルノブイリ原子力発電所の事故は、原発事故としては世界で最悪の惨事であった。爆発炎上した 4号炉からは192トンの核燃料のうち4パーセントが大気中に放出された。これは広島型原爆500発分に相当する放射能が拡散したことを意味し、その結 果、ウクライナでは全国土の8パーセントに当たる5万平方キロ(九州より少し広い面積)にも及ぶ肥沃な農地や森林資源が放射能汚染により喪失した。死亡者 数は数千人台との説もあるが、確たる数字はない。ウクライナ政府の発表では、因果関係を医学的に立証することは困難であるものの、原発事故関連の疾病被害 者は約260万人、このうち子供が62万人となっている。住民の健康被害は25年たった現在も続いている。私は無人地帯となった制限区域を視察したことが あるが、居住者がいないアパート群が荒れるままに放置されていた。その寒々とした光景に大地の慟哭を感じた。
 チェルノブイリ原発事故はその被害の甚大さもさることながら、当時のソ連政府の事故処理振りがウクライナ国民に対しより深刻な衝撃を与えた。ソ連当局に よる事故の隠蔽と情報操作である。ウクライナ国民は当時のソ連政府に騙され、遺棄されたと感じた。既に共産主義体制の軋みが次第に表面化しつつある時で あったが、この事故をきっかけにソ連体制そのものへの不信感が一挙に加速された。やがて、そのうねりは5年後のソ連邦の解体と、そしてウクライナ国家の独 立へと繋がってゆく。在勤中、私はこのウクライナ人の心情に間近に接した。

(日本への感謝)
 日本大使としてキエフに駐在するG8大使の意見交換会に出席したときのことである。その会合の議題はチェルノブイリ事故炉シェルター建設問題であった。 ウクライナ政府のゲスト、リバチュク大統領府長官は、事故の際のソ連政府の隠蔽工作を厳しく非難すると共に、日本政府が親身になって援助を申し出てくれた ことを高く評価し、深い感謝を示してくれたのだ。
 このようなウクライナ政府の日本の支援に対する感謝の姿勢は決して外交辞令ではない。この会合の後も、大使として私は数々のチェルノブイリ被災者支援の ための日本政府の援助案件の完成式に出席する機会があった。その際、事故後一貫して被災者に援助の手を差し伸べ続けている日本政府及び国民に対する感謝の 言葉を聞かない時はなかった。事故後時間の経過と共に、国際社会の関心が薄れる中、日本は官民を上げて被災者に心を向け、支援を続けてきた。このような日 本の私心なき真摯な態度がウクライナ政府や国民の琴線に触れたのだと私は確信している。
 日本政府のチェルノブイリ関連支援の総額は約1億350万ドルに上る。今年の4月19日にキエフで行われたシェルター建設費の追加支援会議では、日本は 東日本大震災と原発事故処理に忙殺されているため新たな支援額を表明するには至らなかったが、いずれ追加支援を行うことを期待したい。因みに、日本政府は このシェルター建設費に既に5500万ドルの支援を行っている。この会合では新たに総額5億5千万ユーロの追加支援が約束された。しかし、それでもまだ シェルター建設費を賄うには不足がある。事故を起こした4号炉は事故後放射能漏れを防止するために原子炉全体をコンクリートで覆った。いわゆる石棺処理で ある。しかし、その後石棺の腐食が激しくなり、この石棺をすっぽりと覆うシェルターの建設が進められた。世界最大の容積を持つ建造物といわれるだけあっ て、建設費の見積もりは上昇を続けている。確実に放射能を遮蔽できるのかも技術的な確証は得られていない。人類の英知が原子力と言う未知の恐竜を果たして 制御できるのか、未だに試行錯誤が続いている。
 福島原発事故はウクライナにとって他人事ではなかった。ウクライナ政府は放射線測定器(携帯型1000台、カード型1000台)、防護マスク1000 個、ヨウ素吸収缶1000個などを日本に贈呈してくれることになった。また、チェルノブイリ被災対策の様々な知見を日本に提供することも約束してくれた。 政府だけではない。首都キエフ市の最大の繁華街フレシチャチック大通りでは「頑張ろう日本」キャンペーンが行われ、集まった市民が千羽鶴を折って、日本の 復興を祈願してくれた。ウクライナの国営TV第一チャネルは、日本の被災現場の取材を行った。

(日本への教訓)
 ソ連時代には被災者に対する賠償はなかったが、ウクライナは独立後チェルノブイリ基本法を制定し、毎年国家予算の5パーセントをチェルノブイリ被災者関 連の事業にあてることを決めた。だが、政府のこの枠組みだけでは十分でないので、国際機関や外国の支援が必要なのだ。以上見たように原発事故対策は国際的 取組みが必要である。その意味でも、日本は福島原発事故の情報を迅速的確に世界に発信する義務がある。日本政府は被災者救済・支援を一企業の責任に転化し てはならない。長期間にわたる被災者支援の枠組みを構築し、被災者の福祉に国家政策の優先順位を置いていることを国民に示す必要がある。加えて、未だ福島 の場合は表面化していないが、被災者シンドロームの問題がある。ウクライナでは被災者の心理的影響は直接の被災者に止まらず、次の世代に受け継がれてい る。例えば、被爆した親から生まれた子供が将来被爆の影響を受けるのではないかとの恐怖心に苛まれる症状である。日本は国連の「人間の安全保障基金」を通 じて、チェルノブイリ被災地域住民に対し放射能に関する正しい知識(例えば内部被爆の危険のある食物などに関する知識)を普及するプロジェクトを一昨年よ り開始したところである。これらの結果はわが国においても大いに参考となると思われる。
 しかし、チェルノブイリ事故の最も重要な教訓は、事故に関する正確な情報を隠蔽してはならないということである。先に述べたように、チェルノブイリの場 合は、政府による事故の隠蔽や情報操作が結局ソ連体制の崩壊の原因となった。もし現政権が福島原発事故の真実の情報を隠しているとしたら、それは政権の命 取りになるという教訓である。既に政府や東電がマスメディアの協力を得て情報操作を行っているとの噂が絶えない。原発事故の真実が明らかにされなければ、 国民の生命よりも自らの保身を優先しているとの国民の怒りの矛先は、単に民主党政権、関係省庁、東京電力に限らない。マスメディアを含む日本のエスタブ リッシュメント全体の癒着体質に対する国民の責任追及が始まる可能性がある。チェルノブイリ以前にもソ連当局による犯罪的な情報操作がウクライナで行われ ていた。1930年代初頭のウクライナ大飢饉の悲劇である。スターリン独裁体制下でウクライナの穀倉地帯を中心に大飢饉が発生し、数百万のウクライナ人が 犠牲になったと言われている。ウクライナはこの大飢饉をスターリンの意図的なジェノサイド(民族絶滅)犯罪であると国際社会に訴えていた。反ロシア政治的 キャンペーンの色彩がないとは言えないが、事の本質は別にある。つまり、独裁政権は嘘(情報操作)とテロ(軍隊や秘密警察などによる暴力的弾圧)によって しか人民を統治できないという警告である。この警告は現在においても極めて示唆的である。現存する共産主義国などの独裁政権がこの基本手段によって生き長 らえているのは言うまでもないが、先進民主主義国においても、剥き出しではないとはいえ嘘(情報操作)とテロ(物理的抹殺でなくても社会的抹殺)は有効な 国民支配の道具であり続けている。わが国においても然り。福島原発の事後処理こそ民主党政権やマスメディアを含む支配層の癒着保身体質が厳しく問われる試 金石である。
 ウクライナが福島原発事故を含む大震災に対して、日本の復興を応援してくれるもう一つの理由がある。それは、日本はすばらしい文化をもった国であるとい う彼らの認識である。ウクライナの小学5年生では松尾芭蕉が、高校2年生では川端康成の「千羽鶴」が必須科目として教えられている。これら日本文学の学習 を通じてウクライナの生徒達は、倫理意識の強い日本人、自然との共生を大切にし、優れた美意識を持つ日本人に対し、尊敬の念を持つように教育を受けている のである。わが国の復興は単に被災から復旧することをもって終わって良いわけではない。人工的な核分裂による原子力発電という自然の摂理に反するエネル ギー使用を継続してよいのかどうか、国民的議論を高める必要がある。今後ともウクライナの人々が尊敬の感情を持ち続けるに値する国であるために、日本はど のように復興しなければならないのか、一人一人の日本人が問われているのだと言える。
 


プロフィール
馬渕睦夫(まぶち むつお)
前駐ウクライナ日本大使
1946年京都府生まれ。1968年京都大学法学部中退、外務省入省。ケンブリッジ大学経済学部卒。駐キューバ大使、駐ウクライナ大使等を歴任後、2008年防衛大学校教授。2011年3月定年退職。

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