IPPNW広島大会(2012年8月25日)における講演

核エネルギー利用の全面的使用禁止を訴える~福島の教訓~

東海学園大学名誉教授、元駐スイス大使
村田光平
 
 ご来賓の皆さま、ご参会の皆さま、このような場で発表ができることを大変光栄に思います。先ほどパストーレ先生からご紹介を頂きましたが、私の本日の演題は、「核エネルギー利用の全面的使用禁止を訴える~福島の教訓~」でございます。
 人間の安全保障を最もおびやかす問題は、疑いの余地なく民事および軍事の核エネルギー使用が現実に脅威を増していることです。
 アルバート・アインシュタインが1946年の原子力科学者会報(Bulletin of the Atomic Scientists)において、「原子の力が解き放たれたことにより、私たちの考え方を除くすべてが変わってしまった。それゆえ私たちは未曽有の破滅に 向かって動き出している」と記しています。1956年の懸賞論文の中で、私は世界が壊滅の瀬戸際にあると述べました。その当時は核戦争が人類を脅かしてい ました。
 今日、福島原発事故は同様に全世界への脅威となっています。4号機に含まれるセシウム137の総量はチェルノブイリ原発事故の10倍であり、究極の破局をもたらす可能性があります。

 日本人にとってはつらいことではありますが、核エネルギーは人間社会に受け入れがたい惨禍を引き起こすものであることを思い知らされております。今のと ころ4号機崩壊という最悪の事態は避けられているものの、日本人は核エネルギーの持つ残虐性をすべて経験してきております。民事、軍事を問わない核廃絶の 実現に貢献することが日本の歴史的な役割となりました。
 しかし、まるで福島の事故がなかったかのように、日本でも海外でも原子力発電は推進され続けています。福島を見捨てることは決して許されません。不幸に も犠牲になられた方、そして耐えがたい苦痛を受けている17万人を超える避難住民の立場から、私は真の核廃絶を訴えます。そのために、ここで原子力の恐る べき危険性をありのままに明らかにします。
 どのような形であれ、放射能汚染をもたらす行為は測り知れない恒久的な被害を人類及び地球にもたらすことを全世界が学びとりました。

1.スリーマイル島、チェルノブイリ、フクシマを経験し、今はっきりと言えるのは、結局のところ、原子力事故は原子爆弾と同じく恐ろしいものであり、想像 を超える人的・物的被害をもたらすということです。原発は潜在的な「巨大な核爆弾」なのです。単独で福島原発4号機に匹敵するような核爆弾はありません。

2.福島の事故で明確になったのは、最悪の場合、あの事故が日本だけでなく全世界にとって究極の破局になり得たということです。4号機の状態を見ますと、 その可能性は今日でも除外できません。震度7の地震が発生すれば、4号機は崩壊してしまいます。この現実に存在する危険を緊急に世界中に知らせなければな りません。

3.正常な判断によれば、これほど地震、津波に襲われる日本において54基もの原子炉の建設が許可されることはなかったでしょう。これを可能にしたのはす でに露呈した倫理と責任感の欠如です。お金の力によって、破滅の種が蒔かれてきました。原子力発電所の運営そのものに腐敗が結びついていることがはっきり しました。これは日本に限ったことではありません。

4.放射性廃棄物処理の解決策が見いだされていないところに、倫理と責任の欠如が象徴されています。それは未来の世代に対する人権蹂躙にあたります。これ に関連して、現在の世代は未来の世代に美しい地球を残す責任があると唱っている1997年のユネスコ宣言を思い出さなくてはなりません。
 日本に根強く残る「原子力村」、即ち「原子力独裁」は、原子炉の輸出及び再稼働を狙って巻き返しに転じています。本日の新聞によると、前原子力委員会委 員長代理を、新しい原子力規制委員会の委員長とする人事案を、政府が国会に提出することを決定したとのことです。国民の批判がますます強まることは確実で す。これは非常に不道徳なことです。放射能汚染によって世界に被害を与え、それを止めることができていない国としての罪の意識の欠徐を反映するものです。 その被害は悲しいかな、いつまでも続くのです。

5.フクシマを教訓として世界が核廃絶に向かい始めなければ、新たに事故が起こるのは確実だと日本は警告を発しなくてはなりません。8年前、私は電力会社 が日本の運命を左右するとの警告を発しました。2年前のバーゼルでのIPPNW世界大会では、私はまず哲学としての天の摂理について触れ、「この視点から すれば核惨事の発生の可能性を憂慮せざるを得ない。人類の叡智を結集し、そのような究極の破局を未然に防がなければならない」と述べました。これらの警告 にも拘わらず、私が恐れていた事態を防げなかったことは残念でなりません。

6.一つの原発事故が世界的影響をもたらすことを考えると、原発を持っていない国々が核廃絶を訴えるメッセージを発出することが望まれます。そしてドイ ツ、スイス、イタリアのように脱原発を選んだ国々も同じように民事・軍事を問わない真の核廃絶の実現を促すメッセージを発出することが切望されます。

7.本来日本は調和と連帯を特徴とする母性文化の国であります。明治維新以降、日本には、軍国主義という形で、競争と対立を特徴とする父性文化が導入され ました。歴史が証明しているように、父性文化は究極的には破局をもたらします。福島の原発事故は戦後に経済至上主義という別の形で導入された父性文化の結 果であります。母性文化が唯一の救済策です。したがって、福島の教訓は、経済重視から生命重視への転換であるということが強調されねばなりません。具体的 には、現在の力の父性文明を、和の母性文明へ移行させなければなりません。福島の事故によって、このパラダイムの転換が生まれました。

8.今や果てしない災害をもたらす原発事故は人間社会には許容できないことが確認されました。福島の事故は人類が忘れていた大原則を想起させました。それ はこのような惨禍を生む能性を完全にゼロにしなければならないということです。したがって、私たちはどのような科学技術であっても、このような破局をもた らすものを使用すべきではありません。この原則こそ、「核兵器のない、原発のない世界」の実現を求めるものです。前述の母性文明への移行はこのビジョンを 達成する前提条件となります。

9.今日、人類が直面する危機は文明の危機であります。金融危機でも経済危機でもありません。その真因は倫理の欠如です。未来の世代に属する天然資源を乱 用し枯渇させること、そして恒久的に有毒な廃棄物及び膨大な債務を後世に残すことは倫理の根本に反します。地球倫理の確立は、母性文明の創設の前提条件な ります。この新しい文明は、倫理と連帯に立脚し、環境と未来の世代の利益を尊重する文明と定義できます。その達成のためには3つの転換が必要です。自己中 心から連帯へ、貪欲から少欲知足へ、そして物質主義から精神主義への転換です。このような文明であれば、必要なエネルギーは自然・再生可能エネルギーで十 分得られることは疑いがありません。ただし、過渡期においては化石燃料による補充が必要です。人類そして地球の長期的安全のために、原子力エネルギーを使 用しない生活様式を取り入れて短期的犠牲を払う覚悟が必要です。

10.このような背景から、現在、国連倫理サミット開催の提案に対して世界的に関心が高まっています。地球倫理の確立、母性文明の創設、そして真の核廃絶は三位一体の関係にあります。
 オバマ大統領のビジョンである「核兵器のない世界」は「核兵器と原発のない世界」へと、更に高めていく必要があります。この目標に向かう具体的な第一歩が、国連倫理サミットです。
 自らのビジョンに向けた具体的な動きへの期待に応えるため、オバマ大統領がこの倫理サミットを次回9月に行われる国連総会の場で実現するためのイニシャ ティヴをとられることが切望されます。私は潘基文国連事務総長から今年1月に書簡を受け取りましたが、そこには加盟国がこの提案を総会に提出するのであれ ば喜んで支持すると書いてありました。同サミットの目的は、地球倫理が重要であるという認識を毎年増進する地球倫理国際日を創設することです。内容につい ての論争は慎重に避けなければなりません。私が常任理事を務めております地球システム・倫理学会では3月11日をグローバル倫理の日とすることを提案して います。

(結語)

 福島第一原子力発電所の危機的な状況はできる限り広範囲な地球規模で人類の叡智を結集することを必要としております。まず中立的な評価チームおよび国際的な技術協力チームを緊急に設置することが必要であることは明白です。
 また、4号機の崩壊に向かいつつある冷却プールに残っている燃料棒を、できるだけ早く別の場所に移す必要があります。これは最大限の対応を必要とする世界の安全保障の問題でありますが、残念ながらその様な対応が現在行われておりません。
 福島の事故は日本と世界を変えつつあります。今や日本では多くの市民が、安全が十分に保証されないままでの原発再稼働に抗議するデモに参加し、力強く反 対を唱えています。原発の本当の危険性に気づく日本人が益々増えつつあります。野田首相が数日前市民グループの代表との面談を余儀なくされたのはご存じの 通りです。
 私は日本ではもはや再稼働はないと確信しています。大飯の二つの原発の運転が再開されましたが、いずれは世論によって停止に追い込まれると思います。
 かくして日本は確実に原子力エネルギーに依存しない政策に向かっています。閣僚の中には原発ゼロを目指すゼロ・オプションを公に口にしているものもいま す。脱原発依存の新しい法律を策定し、現在の原子力基本法を廃止することを目的とした市民評議会が組織され、私はその評議会のメンバーとなっています。
「哲学としての天の摂理」は、人類や地球を守る「天地の摂理」であると私は訳しています。この摂理は、民事、軍事を問わない真の核廃絶の達成をいつかは可能にすると思います。
 原発事故ですべてを失った方々の怒りが日本における反核運動を盛り上げ、海外にも広まっていくでしょう。日本は真の核廃絶の実現に貢献する責務を有する に至りました。日本がこの義務を果たすことができれば、広島、長崎、そして福島の犠牲者の方々の苦しみは無駄ではなかったということになるでしょう。
 有難うございました。


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