反核医師の会31周年記念講演会概要

原子力と日本病
―世界を脅かす福島原発事故処理の現状


村田光平氏(元駐スイス大使、東海学園大学名誉教授)

 核戦争に反対する医師の会・愛知は五月十八日(土)の午後、協会伏見会議室で三十一周年記念講演会を開催した。現役の外交官時代から脱原発を主張してき た村田光平氏を講師に招き、「原子力と日本病―世界を脅かす福島原発事故処理の現状」をテーマに話を聞いた。参加者は百十一人。講演の要旨を紹介する。
(文責編集部)



 一九八六年、チェルノブイリ原子力発電所の事故が起きた時、私は外務省国連局参事官を務めており、原発の恐ろしさをつぶさに知りました。そしてこの事故 を受け、諸外国は原発の建設をストップさせました。しかし日本はその後、なんと二十基以上もの原発を建設し、しかも、世界各国が撤退したプルサーマル発電 の計画を進め続けました。
 これはただならぬ事態だと感じ、私は駐スイス大使を引退後、直ちに原子力の問題に取り組むようになったのです。最初に取り組んだのは東海地震の想定震源 域の真上に立地する中部電力の浜岡原発の運転停止を求める全国署名運動でした。それ以前には、セネガル大使の任期中には日本政府の援助による太陽光エネル ギーの導入を実現するなど、自然エネルギーの普及にも取り組んでおりました。
 そして私は九年前に「日本の命運を左右する電力会社」と題する警鐘を発出いたしました。しかし、福島原発事故が起き、恐れていた事態を防げなかったことが残念でなりません。

福島原発の危機的状況

 日本は福島原発事故を体験しました。福島の事故で明確になったのは、最悪の場合、日本だけではなく全世界にとって破局の始めになり得たということです。 それは福島第一原子力発電所の四号機の現状を見ると、その可能性は今日でも変わっていません。震度6強以上の地震で崩壊することが確実とされる四号機の行 方は、今や世界の安全保障問題となっています。東京電力任せにせず、国が責任を持って事故処理を進める体制を取らなければいけません。安全保障というと軍 事のことと思われがちですが、原発事故は北朝鮮のミサイルの問題どころではありません。チェルノブイリ原発は事故後七カ月後までには石棺で覆ったのですが が、日本ではまだ放射性物質は毎時1000万ベクレル漏れ続けるままの状況です。
 そういった中、オリンピックの東京招致が取り組まれています。先日、外国特派員協会でアメリカ人が製作した福島の子どもに対する健康被害の映画の試写会 がありました。その際に福島原発の事故処理が進んでいない状況にもかかわらず、東京にオリンピックを招致することはとんでもないと海外から見られていると 発言すると、大変反響がありました。なぜなら、もし震度6強以上の地震が発生すれば4号機は崩落し東京はその日から住めなくなるからです。このような状況 の下での東京へのオリンピック招致は国として無責任であり、猪瀬東京都知事にも招致の辞退を検討するようメッセージを送っています。

三カン欠如と日本病

 福島事故後も反省することなく再稼働、原発輸出など巻き返しが見られますが、このような状況を、私は責任感・正義感・倫理観の「三カン欠如」に起因する 「日本病」と呼んでいます。「それは別の表現をすれば、「問題を隠蔽する」「問題を先送りする」「だれも責任を取ろうとしない」とも言い表すことができま す。そしてこの日本病は今や世界病になっております。しかし日本がこの病を特に強く患っていることは世界で唯一の被爆国でありながら、原子力発電を熱心に 進めようとしていることに端的に表れています。
 これは由々しき問題で、国民はなぜ電力会社に騙されてきたことを怒らないのでしょうか。今日本人の国民性が問われているといえます。
 特に福島の子どもたちの健康を守るという問題に日本がどの様に対応するかを、国際社会は注目しています。

民事・軍事の区別ない「地球の非核化」を

「リスクゼロの原則」という考え方をご存じでしょうか。人間社会が受け入れられない惨禍をもたらす可能性を有する科学技術は、事故の可能性が完全にゼロで ない限りは、お払い箱にするべきだというものです。これはドイツの著名な物理学者ハンス・ペーター・ドール博士の考えです。福島原発事故を経験した今、こ の原則が最大の教訓になるべきだと考えます。
 民事・軍事を問わない核廃絶のためには、経済重視から命重視へ価値観を転換させること、そして、天然資源を濫用し枯渇させ、永久に有害な廃棄物と膨大な負債を後世に残すことは倫理の根本として認められないという地球倫理の考え方を確立させることが求められます。
本来日本は調和と連帯を特長とする母性文化の国です。明治維新以降、軍国主義という形で競争と対立を特長とする父性文化が導入されました。歴史が証明して いるように、父性文化は究極的には破局をもらします。福島の原発事故は戦後に経済至上主義という別の形で導入された父性文化の結果です。現在の力の父性文 明を治療するのは和を基調とする母性文明への移行であると訴えています。
 真の核兵器の廃絶には、地球倫理の確立及び母性文明への移行が求められ、これらは三位一体の関係にあると思っています。その主張を入口となる国連倫理サ ミットの開催提案という形で世界に呼び掛けています。これには世界的な関心が集まっており、ユネスコクラブ世界連盟が三月十一日を「地球倫理の日」とする ことを今年3月に決定しています。画期的な進展です。

核廃絶実現への貢献は日本の歴史的な役割

 福島原発事故を体験し、民事・軍事を問わない核の廃絶に反対できる日本人はいないはずです。特に広島・長崎そして福島を経験している日本にとって、全ての核の廃絶を訴えることは歴史的使命であり、国際社会にそのメッセージを発信して行かなければいけないと思います。
 この真の核廃絶を「地球倫理」の問題として、国内でも国際社会にも訴えていく必要があります。
 今後も未来の世代の代表としての役割を果たして行きたいと思っています。



●村田光平氏プロフィール

1938年東京生まれ。
1961年東京大学法学部卒業、二年間外務省研修生としてフランスに留学。その後、分析課長、中近東第一課長、宮内庁御用掛、在アルジェリア公使、在仏公使、国連局審議官、公正取引委員会官房審議官、在セネガル大使、衆議院渉外部長などを歴任。
1996年―1999年、在スイス大使。
2000年―2002年 京セラ顧問、稲盛財団評議員。
1999年―2011年 東海学園大学教授。
現在、地球システム・倫理学会常任理事、日本ナショナルトラスト顧問、東海学園大学名誉教授など。





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