「月刊 ハイゲンキ」(株式会社エス・エー・エス) 2013年8月号掲載

行動派たちの新世紀 (取材 小原田泰久)

父性文明を母性文明に。人類最大のピンチをチャンスに変える



無力感を感じる人も多いが、明るいニュースもたくさんある

 元駐スイス大使の村田光平氏からメールをいただいた。東日本大震災の起こる前から、この連載に何度か登場いただき、原発に対する警鐘を鳴らしてもらって きた。「原発震災」の危険性を長年、訴え続けてきた方でもある。日本のような地震の多いところに、54基もの原発があることは危険極まりないと、声を大に して言ってきた。静岡県の浜岡原発は、まさに東海地震の中心とも言える場所に建っている。そこで原発が稼働しているなどということは正気の沙汰とは思えな いと、浜岡原発を止めようという署名が行われたが、村田氏はその仕掛け人の一人である。場所こそ浜岡ではなく福島だったが、村田氏の警告はまさに震災に よって原発が大事故を起こすという大惨事として現実化してしまったのである。
「福島原発の事故は、政府や東電は、地震によるものではなく、津波が原因だとしています。しかし、地震によって事故が起こっていることはすでに明白になっ ています。にもかかわらず、それを認めようとしないのは、地震によるものと認めてしまうと、全国の原発の耐震性を見直さないといけないからです」(村田 氏)
 という、ご都合主義が、あんな事故を起こしたにもかかわらずまかり通っているのである。
 それどころか、まるで福島原発の事故は収束したかのような錯覚さえ起こさせるようなことが次々と起こっている。原発再稼働の動きも起こっているし、フランスと連携して原発輸出を推進していこうという話にもなってしまっている。
 そんな理不尽な動きが起こっているわけだが、明るいニュースもある。人は、どうしても暗い方に目を向けがちだ。原発についても、政府の進めることに対し て「そんなことでいいのか」と憤り、反対運動も盛り上がっているにもかかわらず、原発推進の方向に動いてしまっていることに無力感を感じている人も多いと 思う。明るいニュースに目を向けることで、勇気や希望を見出すことができる。村田氏のメールは、まさに、勇気と希望をくれるものだった。
 IPPNWという団体がある。核戦争防止国際医師会議のことで、世界83か国、約20万人の医師が参加している。1985年には、ノーベル平和賞を受賞 している。この団体が、「福島事故は収束からほど遠い」という声明を出し、日本政府の事故処理の現状に対して厳しい批判を行ったと言うのだ。
 その声明文、末尾の文章である。
「核エネルギーの平和利用、とりわけ原子力発電は世界中の人々を無差別な放射能汚染の危険にさらし、未来の世代の健康と権利を侵食する。さらに核拡散の手 段を提供することにより核戦争及び破局的な人道上の惨禍の危険を増大させるものである。安全な再生可能エネルギーに移行することにより人権と健康を増進し うることとなる。」
 福島原発の事故で、故郷を捨てざるを得なかった人は膨大な数にのぼり、放射能の危険性にさらされるという意味では、日本国民はもちろん、世界中が大きな 影響を受けざるを得なくなったのは明白である。子どもたちを中心に、体調の不良を訴える人も増えている。さらに、福島の事故は、決して終息しているわけで はなく、まだまだ危険な状態にあるということも忘れてはならないことである。
 IPPNWは、本来、その名の示すように、核戦争を防止しようというのが趣旨であったが、平和利用と言われている原発に対しても、疑問をもつように変化してきた。2010年の世界大会(スイス・バーセル)では、声明文の中に、次のような一文がある。
「原子力エネルギー利用の世界的普及は、原子力産業および核燃料製造に既得の経済的利権を有する政府によって強力に推進されているが、核兵器廃絶にとって 深刻な障害となっている。原子力エネルギーは気候変動問題に対する有効な解決策ではなく、運転過程の全ての段階で健康と環境を危険にさらす。原子力発電所 が核拡散の危険性を内在しているだけでなく、原子炉そのものが攻撃対象となることも問題である。攻撃対象の数は増やすのではなく減らしていくべきである。 加えて、原子力エネルギーで世界のエネルギー需要を満たすのは極めて高額な手段である。IPPNWは、再生可能なエネルギー源の世界的促進、エネルギー安 全保障の強化、化石燃料や原子力に依存しない経済・社会発展の実現を目指す国際再生可能エネルギー機関(IRENA)を支持する」
 この姿勢が、福島の原発事故によって、より明確なものとなり、今回の声明につながったのだろう。
 2010年の声明の中にある「原子炉そのものが攻撃対象になる」というのは、アメリカでは深刻にとらえられている。何しろ、9・11では、実際にニュー ヨークの貿易センタービルに旅客機が2機も突っ込むという現実を見せられている。もし、あれが原子炉だったらどういうことになっていたか。逆に、アメリカ に敵対する国からすれば、原子炉を攻撃するという選択が可能であることを、あの事件から知ることができたわけだ。
「スリーマイル島、チェルノブイリ、フクシマを経験し、今はっきりと言えるのは、結局のところ、原子力事故は原子爆弾と同じく恐ろしいものであり、想像を 超える人的・物的被害をもたらすということです。原発は潜在的な『巨大な核爆弾』なのです。単独で福島原発4号機に匹敵するような核爆弾はありません」 (村田氏)
 アメリカのこれからの原子力政策を示す象徴的な出来事が、3月11日にあった。メリーランド州のカルバートクリフス原発3号機について、建設許可を出さ ないことが決定したのである。興味深いのは、その決定が3月11日になされたということだ。どういう意図があるのかは推測するしかないが、世界を震え上が らせるような原発事故があった日に、原発を否定するような決定があったということは、楽観的と言われるかもしれないが、アメリカの原発への姿勢を世界に示 したと考えたい。アメリカは、間違いなく危機感を感じ取っている。自分の身を守るためにも、原発をなくす方向に進むという選択をせざるを得ないのである。 その後3基の原発の廃炉が決定されている。
 ぶっそうな話で気も重くなってしまうが、原発大国アメリカも、やっとそういう現実を見て、軍事だけでなくすべての分野で核をなくそうと動き始めたことは、評価したいと思う。


文明はどうあるべきかという点から原発の是非を論じる

 危険だから原発はなくした方がいいという議論はこれからも進めていかないといけないことだ。しかし、同時に、もっと根本的なことから、原発や核兵器についても、考えていく必要がある。
 村田氏の姿勢に多くの人が共鳴するのは、彼が「文明はどうあるべきか」という視点から原発を語り、行動している点だろう。
 地震国・日本に54基もの原発が作られたこと、放射性廃棄物の処理方法もないのに原発を動かし続けたこと、さらには再稼働への動き、原発を輸出しようと いう話、いずれもこれは、倫理であり責任感であり道徳の欠如と、村田氏は言い切る。まったくその通りだ。どういう感覚なのかと、私のような者でも、国の指 導者たちの倫理観のなさにはあきれてしまう。原発事故によって、日本国内はもとより、地球全体を汚染し続けていることを、どう思っているのだろうか。まさ しく、責任感の欠如だ。
 こうなってしまったのは、文明のあり方に問題があると、村田氏は言う。
「本来、日本は調和と連帯を特徴とする母性文化の国です。明治維新以降、日本には、軍国主義という形で、競争と対立を特徴とする父性文化が導入されまし た。歴史が証明しているように、父性文化は究極的には破局をもたらします。福島の原発事故は戦後に経済至上主義という別の形で導入された父性文化の結果で あります。母性文化が唯一の救済策です。したがって、福島の教訓は、経済重視から生命重視への転換であるということが強調されねばなりません。具体的に は、現在の力の父性文明を、和の母性文明へ移行させなければなりません」(村田氏)
 文明を変えないことには、ここで原発がなくなったとしても、また違う形で父性文明の申し子が誕生してきて、結局は破局へ向かう方向性は変わらない。対症療法ではなく、根本治療が求められているのだ。
 しかし、倫理や責任感が欠如していてけしからんと、国のリーダーをとがめるよりも、少しでも良くなる方向に行動を起こすことにエネルギーを注ぎたいもの である。村田氏の発言に好感がもてるのは、一歩でも前へ進むためのポジティブな行動が伴っているからである。机上の文明論では終わっていないのである。
 そのひとつが、村田氏が常任理事をつとめる地球倫理・システム学会の活動である。「地球と人類の未来を考える会」という位置づけがなされ、「力の父性文明」から「和の母性文明」へとパラダイムシフトするという大きなテーマを掲げている。
 この学会は、3月11日を「地球倫理国際日」にしようと、世界の国際機関に呼びかけた。地球倫理とは何なのか、世界全体で考えてみようという提案であ る。それに反応してくれたのが、民間レベルでユネスコの活動を支えているユネスコクラブ世界連盟の指導者たちだった。2013年3月11日にイタリアの フィレンツェで行われた会議で、3月11日を「地球倫理の日」にしようという呼びかけが公式に行われることになった。2014年3月11日には、ワシント ンでさらに大きなイベントを開き、世界に「地球倫理国際日」の制定と国連倫理サミットの開催をアピールすることも決まったそうだ。
「今日、人類が直面する危機は文明の危機であります。金融危機でも経済危機でもありません。その真因は倫理の欠如です。未来の世代に属する天然資源を乱用 し枯渇させること、そして恒久的に有毒な廃棄物及び膨大な債務を後世に残すことは倫理の根本に反します。地球倫理の確立は、母性文明の創設の前提条件なり ます。この新しい文明は、倫理と連帯に立脚し、環境と未来の世代の利益を尊重する文明と定義できます。その達成のためには3つの転換が必要です。自己中心 から連帯へ、貪欲から少欲知足へ、そして物質主義から精神主義への転換です。このような文明であれば、必要なエネルギーは自然・再生可能エネルギーで十分 得られることは疑いがありません。ただし、過渡期においては化石燃料による補充が必要です。人類そして地球の長期的安全のために、原子力エネルギーを使用 しない生活様式を取り入れて短期的犠牲を払う覚悟が必要です」(村田氏)
 こうした動きは、潘基文・国連事務総長はじめ、世界の多くの有識者・要人にも支持されている。このままでは地球の未来は危ういということは、特別な人で なければわからないというものではない。まして、実際に福島であんな大事故が起こり、多くの人を路頭に迷わせているのである。世界を放射能の恐怖に陥れて いるのである。にもかかわらず、これまでの「力の文明」を推進していこうと考える人たちの感性の方が特別なのではないだろうか。
 マハティール元マレーシア首相からの村田氏への書簡を紹介しておこう。
「倫理と現代文明に関するお手紙と論文を頂き有難うございました。
 世界が直面する自然災害と金融・経済危機が物質的利益の奪い合いに見られる倫理の欠如と結びついたものであるとのご指摘に同意します。
 自然と資源は如何なる結果をもたらすかを考えずに搾取されております。
 マレーシアは原子力発電所の導入を拒否しましたが、その理由は科学者がこのエネルギーを実のところ知り尽くしていないからです。核物質を反応させることはできても、その過程を逆転させることはできないのです。
 その結果核反応を止められず無害化できない核廃棄物は増える一方です。近い将来、この危険な放射性物質を処理する場所を見出すことはできなくなるでしょう。
 我々の生活のあり方と資源開発に関して倫理と道徳的価値感の高揚を目指す運動を全面的に支持いたします。
 我々は確かに生活の質の向上を図るべきではありますが、その代償として地球を破壊し、子どもたちの生命を脅かすべきではありません。
 呼びかけておられる地球倫理国際日の創設がふさわしい反響を得られることを期待いたします」
 村田氏らの活動を応援する動きは、世界中で起こりつつあるし、これからさらに大きな展開が起こっていくはずだ。そうならないと、地球の未来はとても悲観的にしか見られなくなってしまう。
 村田氏は、「天地の摂理が許さない」という言い方をした。まさしく、今の地球はそういう段階に来ているのである。天地の摂理というのは、宇宙の秩序と 言ってもいいだろうと思う。すべての存在が支え合い、助け合い、共生していくのが宇宙の秩序だ。地球上ではびこってきた1%の人たちの利益のために99% が搾取されるという構図は、長続きするものではない。福島での原発事故は、つらく悲しい出来事ではあるけれども、あれほどの強烈な出来事が起こらないと、 文明の変換は実現しないのかもしれない。そこまで追い込まれないと生き方を改められない人間の愚かさを見せつけられた出来事であり、同時に、愚かさに気づ けば、一気に社会を変えていけるパワーを人間はもっていることをこれから、私たちは証明していかなければならないのだ。
「『天地の摂理』は、福島事故の教訓が求める民事、軍事を問わない真の核廃絶の実現をいつかは可能にすると思います。原発事故ですべてを失った方々の怒り が日本における反核運動を盛り上げ、海外にも広まっていくでしょう。日本は真の核廃絶の実現に貢献する歴史的責務を有するに至りました。日本がこの責務を 果たすことができれば、広島、長崎、そして福島の犠牲者の方々の苦しみは無駄ではなかったということになるでしょう。オバマ米大統領の「核兵器のない世 界」のヴィジョンを日本が音頭を取り「核兵器も原発もない世界」に高める時機が到来しました。この核廃絶の達成の前提となるのは地球倫理の確立と母性文明 の創設です。国連倫理サミットはまさにその入り口となります。その開催実現にオバマ大統領の新たなイニシャティヴを期待する所以です。」(村田氏)

 もう待ったなしの状況がきているのである。日本の役割も大きい。村田氏の言う「父性文明から母性文明」を意識し、地球倫理とは何かを常に考えながら、一人ひとりが、核のない未来のために一歩を踏み出すべき時期が到来したのである。


村田光平オフィシャルサイト
http://kurionet.web.fc2.com/murata.html
地球システム・倫理学会
http://www.jasgse.com/home





ホーム

inserted by FC2 system